2023年3月24日、理化学研究所、富士通、NTT、大阪大学、産総研、情報通信研究機構の研究グループは、国産では初めてとなる超伝導量子コンピュータを発表、公開した。理研では、2001年に蔡兆申博士(現量子コンピュータ研究センター超伝導量子シミュレーション研究チームチームリーダー)の率いる巨視的量子コヒーレンス研究チームが発足し、量子情報科学に関わる研究が開始され、その後はさまざまな研究者が参画しながら研究を発展させ、2021年には中村泰信博士(現量子コンピュータ研究センター長)の下、量子コンピュータ研究センターへと発展した。

公開された超伝導量子コンピュータ(以下 装置)では、量子ビット(量子情報媒体の最小単位のこと。通常のデジタル回路では、ビットが「0もしくは1」のいずれか2状態をとるのに対し、量子ビットでは「0でありかつ1でもある」量子重ね合わせ状態をとることが可能である。任意の複素数の重みで0と1の情報を重ね合わせることができ、1量子ビットの状態は、模式的に球の中心から球面上の任意の点を指す矢印によって表すことができる。)を64個並べた64量子ビットの集積回路が用いられている。

この装置に搭載されたチップには、「2次元集積回路」と「垂直配線パッケージ」という二つの特徴があるという。

図1左 64量子ビットチップ(金色の部分は窒化チタン)
右上 4量子ビットチップの拡大図
右下ジョセフソン接合 拡大図

2次元集積回路上では、正方形に並べられた4個の量子ビットが、それぞれ隣り合う量子ビットをつなぐ「量子ビット間結合」で接続されている(図1)。また、正方形の中には「読み出し共振器」、「多重読み出し用フィルタ回路」などが配置されている。この4量子ビットからなる基本ユニットを2次元に並べることにより、量子ビット集積回路を作ることが可能。今回の64量子ビット集積回路は、16個の機能単位から構成され、2cm角のシリコンチップ上に形成されている。この集積回路は、エピタキシャル成長やイオン注入工程が存在しない通常のLSIチップ工程を応用している。製造方法は、通常のSi基板に高温加熱処理を行い、TiNをバッファ層として成膜。回路部分はシリコン基板にNbを成膜し、その上にレジストを塗布し現像することで、Nbの回路を作り、更にNbで挟むように超伝導体となるAlをスパッタリングにて形成、更にAl間に絶縁体の酸化アルミを配置している。線幅は100nm~200nmとされている。このAlと酸化アルミの部分を絶対零度付近まで冷却することによって、接合部に流す電流が大きくなると電圧が発生する(ジョセフソン効果)。この電圧変化がスイッチのオン・オフに相当する。スイッチング速度が非常に高速であり,かつ消費電力も少ない等の特徴がある。この部分が重ね合わせを行うことができ、量子ビットを構成している。

図2左 垂直配線の概念図。量子ビットに対する制御・読み出し用配線が信号用コンタクトプローブを介してチップに対して垂直に接続される。この配線を通してマイクロ波信号の送受信が行われる。

  右 量子ビット集積回路チップが装着された配線パッケージ。

また、量子ビットと同じ平面上で配線を行う場合、チップ内に並ぶ量子ビットの数に対して、配線を外部へ取り出すための辺の長さが不足してしまうため、個々の量子ビットに対する制御や読み出し用の配線の取り回しにも工夫が必要になる。今回は2次元平面に配置された量子ビットへの配線をチップに対して垂直に結合させる垂直配線パッケージ方式を採用したという。さらに量子ビット集積回路チップへの配線を一括で接続できる配線パッケージも新たに開発した(図2)。

これらの特徴的な「2次元集積回路」と「垂直配線パッケージ」は、容易に量子ビット数を増やすことを可能にする高い拡張性を備えたシステム構成だという。これにより、今後の大規模化に際しても基本設計を変えることなく対応することが可能とされる。

また、量子ビットを制御するための信号には、マイクロ波の周波数(8~9GHz)で振動する電圧パルスが用いられる(図3)。しかし、量子ビットごとに異なる周波数のマイクロ波が必要となるため、共同研究グループは高精度で位相の安定したマイクロ波パルス生成が可能な制御装置、及びこれを用いて量子ビットを制御するソフトウェアを開発した。

図3

今後は、半導体集積回路を用いたコンピュータのように、どこでも自由に使えるようにするために、拡張性の高い集積回路(図6)を主要技術として、100量子ビット、1,000量子ビットといったマイルストーンを達成していく予定としている。また、将来的に大規模量子コンピュータを実現し、社会実装するために、100万量子ビット級の集積化の技術開発、エラー訂正・誤り耐性量子計算(複数の量子ビットの間に量子もつれ状態を生成することで1量子ビット分の情報を表現し、もつれた量子ビット間の乱れを検知することで、量子情報を壊すことなくエラー訂正を行う。量子コンピュータ全体にわたって量子ビットの制御や読み出しのエラー発生確率を小さくし、計算の過程で生じるエラーの影響を蓄積することなく、訂正しながら大規模に実行する量子計算を誤り耐性量子計算と呼ぶ。実用的な規模の計算を行うためには、エラーから守られた数百万から1億個の量子ビットを使う必要があると考えられている。)の実現を探求していくという。

図4

また、理研ではこの超伝導量子コンピュータをどこからでも利用できるように、「量子計算クラウドサービス」を提供するという(図4)。量子計算などの研究開発の推進・発展を目的とした非商用利用であれば、いずれの研究・技術者でも利用申請が可能とのこと。ユーザは理研外のクラウドサーバーに接続することで、超伝導量子コンピュータへのジョブ送信や計算結果の受信を行うことが可能となり、共同研究の目的に合致した用途であれば、超伝導量子コンピュータを利用することが出来るという。

量子コンピュータでは、米IBMが2022年11月に433量子ビットのプロセッサ(QPU)「Osprey」を発表し、今後年内には1121量子ビットの「Condor」を発表する目標を立てており、業界をリードする。
また、米 Google(アルファベット)も積極的に開発を行なっており、2029年には実用化するという目標を立てている。2023年2月には、権威ある科学誌である「ネイチャー」に、超伝導方式の量子コンピューターを用いた、量子ビット数を増やすことで、エラーが改善する傾向を示している。