東北大学大学院理学研究科及び、スピントロニクス国際共同大学院らによる研究グループは7月21日に、量子コンピュータ構築に向けての課題となっている、強いスピン※1 軌道相互作用と長いコヒーレンス※1 時間両立を達成した新たな量子ビット材料を発見したことを発表した。
半導体中のスピンを用いた量子ドットは、長いコヒーレンス時間と既存の半導体製造設備との親和性から大規模な量子コンピュータを実現する上で注目されているが、今までの材料では100ナノ秒〜1マイクロ秒程度と非常に短く、量子コンピュータへの利用は困難だった。
研究グループでは、強いスピン軌道相互作用※3 を持つシリコン28結晶中のホウ素不純物原子に束縛された正孔に着目し、弱い圧力を加えたシリコン中のホウ素原子に束縛された正孔において、Hahnエコー法※4 を用いてコヒーレンス時間を測定したところ、一般的なスピン量子ビット測定と同等の極低温において、非常に長いコヒーレンス時間を観測したという。

【試料の概略】ホウ素不純物がドープされたt=50μmのSi28結晶と厚さ1mmの溶融石英板がエポキシ接着剤によって貼り合わされている。室温ではSi28結晶に結晶歪はかかっていないが、低温ではSi28結晶と溶融石英の熱膨張係数の違いのため、Si28結晶側が貼り合わせ面に対して平行に引き延ばされるような結晶歪が加わる。

今回観測されたコヒーレンス時間は、従来のスピン軌道相互作用を持つ量子ビットと比較して10000〜100000倍も長い値となっており、コヒーレンス時間が大幅に改善されたという。

この発見は、強いスピン軌道相互作用を持つ正孔系で長いコヒーレンス時間を両立する量子ビットの実現の指針を提示した。
スピン軌道相互作用を持つ量子ビットは単純なデバイス構造で実装できることから、多数の量子ビットの集積を容易にするという。また、大規模な量子計算をする上で重要となる量子ビット間の長距離結合を実装する上でも利点があり、将来の半導体量子コンピュータ開発に向けて新たな道筋を示した。としている。

※1スピン
電子や正孔といった粒子が持つ角運動量の内部自由度のこと。この角運動量は離散的な値を絞り、スピンの量子状態はそれらの値によって特徴づけられる。

※2コヒーレンス時間
スピンをはじめとした量子的な実体が干渉可能な状態を保持する時間の長さ。量子情報技術においては、量子情報を保持する時間の長さと言い換えることができる。

※3スピン軌道相互作用
スピンと軌道角運動量の間の結合係数。スピンに対して電場との結合を与えるために利用される。

※4Halnエコー法
コヒーレンス時間の測定手法のひとつ。スピンを90度度回転させるマイクロ波パルスと180度回転させるパルスを1回ずつ照射して、スピンのコヒーレンスの減衰に関する情報を取り出す。低周波のノイズの影響を排除した場合のコヒーレンス時間を得られる。