神戸大学大学院工学研究科の小野倫也教授、植本光治助教、大学院生の小松直貴さんらと、北海道大学の江上喜幸助教らの研究グループは、第一原理計算に基づいたSiC中の高密度窒素層の構造モデルの提案を行った。
SiC(シリコンカーバイド)は、素材のもつ高耐圧性・高速応答性などの優れた特性を活かし、従来のシリコン半導体を凌駕する高性能な電力変換デバイスが実現できると期待されている。

しかしながら、現在のSiC-MOSFETではキャリア移動度とよばれる特性値の改善が大きな課題として残っており。MOSFETの製造では、SiC表面上にSiO2(二酸化ケイ素)の絶縁膜の形成が必要となるが、処理中に偶発的に入り込む欠陥によりキャリア移動度が著しく低下することが知られており、これによりSiC-MOSFETデバイスは期待された性能を発揮することが難しい状況にあった。

しかし、近年では、窒素系ガス中での熱処理(窒素アニール)により、SiC-MOSFETの特性が向上することが報告されている。実験によると表面には高密度(1cm²あたり1014~1015個)の窒素原子が層状に存在すると考えられている。SiC結晶は特性の異なるさまざまな結晶面を持つが[図1(a)参照]、窒化のしやすさは面方位にも依存することが知られている。このように、様々な結晶面の方位を考慮したとき、原子スケールで見たときに窒素原子がどのような構造を取るのかよく理解されていなかった。

今回の研究では、SiC結晶中に形成される高密度窒素層の理論モデルを提案し、このモデルはさまざまな結晶面の方位(面方位)に対する窒素原子の配置を普遍的に記述することが可能となる。提案された構造は4H-SiCのバルク結晶中に窒素原子(NC)とそれを取り囲むようなシリコン空孔(VSi)を添加したもので、不対結合を生じないため化学的安定性が予想される。また、窒素原子密度は1cm²辺り1.2~1.5×1015個程度となり、実験で報告されている数値を再現できているという。

さらに、今回の研究グループで開発を進めている第一原理電子状態計算プログラム「RSPACE」を用いたシミュレーションにより、構造最適化とエネルギーの安定性評価が行われた。形成エネルギーの面方位依存性から窒素添加の起こりやすさには異方性があり、今回のバルク結晶の場合はa面に沿った窒化が優位になることを理論的に予測した。さらに詳細な解析を進めたところ、この挙動が窒素原子近傍のシリコン原子の窒素・炭素配位数に由来した電子状態の変化に起因することが明らかになった。窒化の異方性は先行する実験からも報告されていたが、原子スケールからみたメカニズムの解明はこの研究が初の試みとなるという。

この成果は、SiC半導体デバイスの製造時の窒素アニールの働きについて理解を深めることにつながるという。この研究成果は、11月30日に Journal of the Physical Society of Japan に掲載された。